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2019年6月27日 (木)

優生保護法

何という酷い法律だろうか

今になって訴訟問題になっているが、僕はあまりピンとこなかった。

ようやく思い出した事があります。

もう30年以上前になりますが、まだ鍼灸学校に入る前、三鷹で障がい者関係のボランティアしてました。

当時、和田光司?さんという脳性麻痺の友人と付き合っていました。

車イスの彼と付き合って、焼き鳥屋で飲んで騒いだり、リフト付きの施設の風呂に入って介助したり、スピード調整を手で行う改造自動車でドライブしたり、楽しかった。

彼の歴史は凄かった。

生まれついての脳性麻痺で、母親に負われて満州開拓に行き、沢山人が死ぬ中、不思議と生き残って長崎に帰り着いた。

戦後は世田谷の光明学園に在籍していたが、戦時中は疎開と称して障がい者は随分殺されたという。

ほとんど知る人はいないが、ボソリと話してくれた。

卒業して、お茶の行商をして、浅草を回っていたが、呉服屋の奥に囲われて住んでいた脳性麻痺の娘と知り合い、二人で駆け落ちした。

アパートで暮らすうちに、脳性麻痺は絶対遺伝しないという確信のもと、子供を産んだ。

生まれた女の子は健康そのものだった。

そのストーリーは日本テレビでドラマ化した。

誰もが障がい者予備軍だと認識させてくれて、広く目を開かせてくれたかけがえのない友人でした。


別の人から南京で、泣きながら銃身が赤く焼けるまで撃ち尽くして、中国人を集めて殺した昔話を本人から聞いた。


今の仕事の原点だろうか、凄い体験をしたけど、心に焼き付いて忘れる事が出来ない。

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